「人が定着しない」本当の理由〜ある現場で起きた、モチベーションを破壊する3つのNG行動〜【三上康一講師コラム】

「人が定着しない」本当の理由。モチベーションを破壊する3つのNG行動
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執筆講師

株式会社ロードサイド経営研究所代表取締役
■「人手不足」の責任はどこにあるのか?:採用バケツの穴を塞げ
「人手不足で現場が回らない」——。今や日本中の経営者が抱えるこの悩みですが、私たちは一度立ち止まって、その本質を問い直す必要があります。
そもそも、なぜ人手不足に陥っているのでしょうか。その答えの多くは「人材が辞めてしまったから」に他なりません。では、なぜ彼らは辞めたのでしょうか。多くの場合、経営陣は「条件」や「個人の資質」に理由を求めがちですが、中小企業診断士として現場を見つめてきた私の確信は異なります。本当の原因は、企業内部に潜む「人を辞めさせてしまう現場の体質」という構造的欠陥にあるのです。
私たちは「なぜ人が来ないのか」を嘆く前に、「なぜ今いる人が居続けてくれないのか」を直視しなければなりません。穴の空いたバケツにいくら水を注いでも、底に開いた「離職」という大きな穴を塞がない限り、現場に活気が戻ることはないのです。本稿では、私自身が直近で経験した実体験をケーススタディとして取り上げます。そこには、現場の暴走と、専門家の尊厳を守り抜いた管理会社の決断という、組織マネジメントの要諦が隠されていました。

■現場のリアル①:着任初日で信頼を失う「侮辱的」な初期対応
慢性的な人手不足に陥っているというその現場へ、プロジェクトを統括する管理会社の要請で、私を含む10名のメンバーが「実務の応援」として入ることになった初日のことです。私たちは、決して「言われたことだけを機械的にこなす頭数」としてではなく、それぞれが長年ビジネスの現場で培ってきた自律性と責任感を持って、少しでも現場の負担を減らそうという真摯な思いで現地へ向かいました。
しかし、現場責任者との初対面で放たれた言葉は、私たちの予想をはるかに超えるものでした。
「遅刻するなよ」
「居眠りするなよ」
これは単なる不器用な挨拶ではありません。相手がどのような覚悟で現場に来たのか、どのようなキャリアを歩んできたのかを一切無視した、明白な「敬意の欠如」です。
心理学において、初対面の第一印象がその後の関係性を決定づけるのは周知の事実ですが、このケースでは「心理的安全性」を構築するどころか、最初の一歩でそれを粉々に破壊してしまいました。人材が組織に対して貢献意欲を持つ最大の要因は「自己有用感」や「承認」です。実務のプロとしてのプライドを逆なでするような侮辱的な扱いは、たとえ応援であっても、その貢献意欲の芽をその場で根こそぎ摘み取ってしまうのです。
■現場のリアル②:思考を停止させる「ダブルバインド(二重拘束)」の罠
衝撃的な出迎えに続き、実務が始まるとさらなる機能不全が露呈しました。それが、指示に矛盾をはらませ、従業員を精神的に追い詰める「ダブルバインド(二重拘束)」の常態化です。
現場のリーダーは、表面上は「わからないことがあれば質問してほしい」と説きます。しかし、実際に質問に行くと「そんなこともわからないのか」と、不機嫌な態度や言動を返します。これは、従業員にとって「質問しても怒られる」「質問しなくてもミスをすれば怒られる」という、どちらの選択肢を選んでも罰を受ける回避不能な板挟み状態です。
経営学的に見れば、これは現場のマネジメント放棄に他なりません。ダブルバインドにさらされ続けた人間は、精神的なエネルギーを著しく消耗し、最終的には「学習性無力感」に陥ります。つまり、「何をしても無駄だ、怒られないことだけを考えよう」と思考を停止させてしまうのです。「うちの社員は指示待ちばかりで自分から動かない」と嘆く経営者の多くは、実は現場のリーダーがこのような二重拘束によって、部下の自発性の芽を摘み取っている事実に気づいていないものです。
■現場のリアル③:配慮なき連絡と、管理会社による「プロの保護」
さらに、この現場には「人と向き合う」というプロとしての誠実さが決定的に欠けていました。
その配慮のなさは業務連絡の扱いにも如実に現れていました。予定を調整して組み込んでいた「休日出勤」の取り消し連絡が、個別の説明もなく、社内連絡用ツールの全体グループへの一斉投稿で済まされたのです。相手の生活や時間を軽視し、一斉通知という「手離れのいい」方法で済ませる姿勢は、プロとしての信頼関係を断ち切る決定打となりました。
しかし、この事態を重く見たのが、プロジェクト全体を管理する「管理会社」でした。
現場責任者は、本人には何も告げず、裏で管理会社に対し「あの人は使えないから辞めさせろ」と理不尽な圧力をかけてきた際、管理会社は安易にその要求に乗りませんでした。管理会社は、現場の混乱と責任者の資質を冷静に分析。その結果、貴重な専門家リソースを機能不全の現場で摩耗させるべきではないと判断し、私を以前から継続して支援を行っている「本来の活躍の場」へと戻す差配をしてくれたのです。
「ダメな現場」の暴走を食い止める客観的な視点があったからこそ、プロとしての尊厳は守られました。これは、多層構造の組織において管理側が果たすべき「人材の適正配置と保護」の模範的な対応と言えます。

■人手不足の正体は「見えないコスト」の垂れ流しである
現場で起きているこれらの不適切なコミュニケーションは、経営の視点から見れば、莫大な「経済的損失」を垂れ流していることに他なりません。
まず考えるべきは、「採用・教育コストの毀損」です。一人の人材を現場に送り出すまでには、多額の求人コストや事務手続きのコストがかかっています。今回のように高度な専門家を動員したとなれば、そのコストは計り知れません。それだけのコストをかけて用意したリソースを、不用意な一言やダブルバインドによって無価値にしている。これは経営資源の「横領」とも言える背信行為です。
次に、「機会損失と生産性の低下」です。現場の従業員が自分で判断することを恐れるようになれば、組織全体のスピードが著しく鈍化します。また、裏で「辞めさせろ」と画策するような陰湿な空気は、周囲の従業員にも伝播し、致命的なリスクを誘発する土壌を作り上げます。そして最も恐ろしいのが、「外部ネットワーク(評判)の破壊」です。現代はSNS等によって現場の不備は一瞬で外部に露呈します。今回は管理会社の機転により救われましたが、本来は現場そのものが変わらなければならないのです。
■組織の「多層構造」が招く無責任の連鎖
ここで見逃してはならないのが、現場と管理会社の関係性が生む「無責任の連鎖」です。現場責任者が、応援に来た外部人材に対して侮辱的な態度を取ったり、裏で排除を画策したりできる背景には、「自分たちが直接雇用しているわけではない」という甘えがあります。外部から供給される人材を、自社の資産(資本)ではなく、いつでも取り替え可能な「外部リソース」としか見ていないのです。
一方で、プロジェクト全体を統括する管理会社の存在は、今回のように「救い」となることもあれば、一歩間違えれば「搾取の構造」を助長する側にも回ります。現場の不適切なマネジメントを放置せず、「プロとしての尊厳を守るために、適切な拠点へ戻す」という毅然とした差配ができるかどうか。現場が自浄作用を失った際、管理側がどれだけ「人間中心」の視点で現場を監視し、介入できるか。この統治機能(ガバナンス)の欠如こそが、多くの現場で人が去り続ける真の原因なのです。
■まとめ:最強の戦略は「誠実さ」にある
組織の最小単位は、システムではなく、突き詰めれば「人対人」のコミュニケーションに行き着きます。
「人手不足」という言葉を、外部環境のせいにしているうちは解決の出口は見えません。現場の暴走を管理側が「救う」という形での解決は、あくまで緊急避難に過ぎません。本来、人手不足を解消するために最も必要なのは、現場そのものが相手をプロとして尊重し、誠実に向き合う文化を持つことです。
自らの現場にある「無配慮」という名のバケツの穴を塞ぎ、人が安心して能力を発揮できる環境を整えること。それこそが、広告費を1円もかけずに定着率を最大化させる、最強の経営戦略なのです。

執筆講師

株式会社ロードサイド経営研究所代表取締役



