【三上康一講師特別コラム】中小企業が人材不足を克服するために「共通目的」が必要な理由
中小企業が人材不足を克服するために「共通目的」が必要な理由
目次
■人手不足倒産の急増とその背景
人手不足倒産とは、企業が従業員を確保できず、その結果として経営が行き詰まり、倒産に至ることを指します。帝国データバンクの発表によると、この人手不足倒産の件数は、2024年4月~9月において163件に達しました。この結果は、過去最多を大きく更新した2023年度を上回る、急激な増加ペースとなっています。
出典「人手不足倒産の動向調査(2024年度上半期)」帝国データバンク2024年10月4日
中小企業が人材不足から脱却するためのキーワードとして「共通目的」「貢献意欲」「コミュニケーション」が挙げられます。これは、アメリカ合衆国の著名な経営学者であるチェスター・アーヴィング・バーナードが提唱した「組織の成立要件」とされます。
この「組織の成立要件」が満たされていないということは、目的もやる気も意思疎通もない単なる人の集まりといえ、組織としての力を発揮することができず、従業員はすぐに離職してしまうでしょう。
そこで、今回の記事では、この組織の成立要件のうち「共通目的」について解説しますが、本題に入る前になぜ私が人材不足対策を述べるのかという点について示します。
■私が人材不足の対策を記事にした理由
私は21年間、ガソリンスタンドを運営する企業に勤務しましたが、そのうち13年間は店長として人材確保に深く関わってきました。店長としてのキャリアが浅かった頃は、人材の定着率が非常に低く、年間70人以上のスタッフが退職するという厳しい現実に直面しました。
そのような中、店長職を担いながら中小企業診断士の資格取得を目指して勉強を始めました。この受験勉強では組織に関する理論も学び、これを実践に活かした結果、スタッフの定着率を劇的に改善することに成功し、最終的には、卒業を控えた大学生のアルバイトスタッフが当社への就職を希望するような組織を作り上げることができました。
現在は中小企業診断士として経営コンサルティングの仕事をしており、人材不足に関する相談にも対応する中で、私のガソリンスタンドにおける現場経験に加え、人材不足に関する様々な対策も学ぶことができました。
多くの企業が人材不足の問題に対し、「応募者を増やすこと」を主要な課題として捉えがちです。しかし、人材不足の根本的な原因として挙げられるのは、実際には既存社員の退職です。つまり、最も効果的な人材不足対策は、既存の従業員の定着率を高めることにあると言えます。これは、バケツに水を溜める際に、まずバケツの底に開いた穴をふさぐことが必要であるのと同じです。
人材の流出を防ぐには、前述した「組織の成立要件」を満たすことが必要ですが、まずは「共通目的」についてみていきます。
■「目的」「目標」「手段」の違い
まずは、「目的」「目標」「手段」の違いを明確にします。往々にしてこれらは混同されがちであり、共有したいのは「目的」であるからです。
目的は、達成を目指す最終的な状態や理想的な成果を指します。これを従業員全員が共有していると「共通目的」となります。また、目標はその目的に向かって進むために設定する、具体的な数値や期限を伴う達成基準です。そして、手段は目標を実現するために取るべき具体的な行動や方法です。
このように、目的、目標、手段はそれぞれ異なる役割を持っており、次のように説明できます。
青森県出身の私は、毎年お盆になると埼玉から実家へ車で帰省していました。約800kmの長旅ですが、各地のサービスエリアで味わえるご当地グルメは、旅の楽しみの一つです。
埼玉から東北自動車道を北上し、群馬の上州牛丼、栃木の宇都宮餃子、福島のいかにんじん、宮城の牛タン、岩手のわんこそば、秋田のきりたんぽなど、数々の名物を堪能できます。
もちろん、長距離運転には万全の準備が必要です。出発前に車の整備を行い、乗り物酔いの薬を準備し、十分な睡眠をとることも欠かせません。
この帰省を例に、目的、目標、手段について考えてみましょう。
目的: 実家の青森へ無事に到着する 目標: 各県(群馬、栃木、福島、宮城、岩手、秋田)を安全に通過する 手段: 車の整備、乗り物酔いの薬の準備、十分な睡眠、安全運転 |
目的地である青森に到着することが「目的」です。そして、その目的達成のために、各都道府県を安全に通過するという「目標」を設定します。そして、目標達成のために、車の整備や薬の準備など、具体的な「手段」を実行します。これを職場に当てはめてみます。
■職場における「目的」「目標」「手段」
自社に明確な目的がないということは、企業として進むべき方向が見えないということです。仮に目指すべき方向があったとしても、それが従業員全員に共有されていなければ、実際にどこに向かっているのか分からなくなります。
私がガソリンスタンドの店長としてキャリアが浅かった頃、接客マニュアルを作成し、徹底して実行させました。スタッフが少しでもミスをすると、再度練習をさせ、この結果、全員が同じセリフ、同じ動作で接客できるようになりましたが、それと同時に多くの退職者を出してしまいました。これは、あまりにもマニュアルを徹底させるために非常に厳しい指導を行ったためです。
マニュアルを徹底することは、目標達成に向けた手段です。しかし、当時の私はその手段が目的そのものだと誤解していたきらいがあります。その結果、スタッフはなぜマニュアル通りに接客をしなければならないのか、その意味や価値を理解できず、モチベーションが低下してしまったのです。
共通目的が明確に設定され、全員にしっかりと伝えられていれば、スタッフは自分の役割や仕事の意義を感じることができ、組織としての一体感が生まれます。そのため、共通目的を設定し、それを全員に理解させることが、組織運営において非常に重要だと実感しました。その際に重要な役割を果たすのが「経営理念」です。
■経営理念とは
経営理念とは、自社が「なぜ存在するのか」という根本的な問いに対する答えであり、その企業の指針となるものです。それは、単なる言葉の羅列ではなく、企業の行動原理を形作る核となる存在です。
かつて、でん六の鈴木隆一社長とお会いした際、同社の経営理念である「豆を究め、喜びを創る」という言葉に、強いこだわりを感じました。この理念は、単に商品を販売するだけでなく、豆という素材を通じて、人々に喜びを提供したいという、同社の存在意義を明確に示しています。
従業員一人ひとりが、この理念を胸に刻み、日々の業務に取り組むことで、自らの仕事が企業の目的にどのように貢献しているのかを深く理解することができます。例えば、新しい商品を開発する際にも、「この商品は、お客様にどのような喜びをもたらすことができるのか」という視点で検討が行われるでしょう。なお、「喜」という字には「豆」が含まれている点がポイントです。
このように、共通の目的を持つことで、従業員は組織の一員としての自覚を強め、自発的に行動することができます。また、組織全体が一つの目標に向かって進むことで、一体感が生まれ、人材の定着率向上にもつながるでしょう。
■まとめ
人材不足を克服するためには、共通目的を明確にし、全員で共有することが不可欠です。経営理念を通じて組織の方向性を示し、従業員が自分の役割を理解することで、一体感が生まれ、定着率向上に繋がります。
次回の記事では人材不足対策として、組織の成立要件の中の「貢献意欲」を解説します。
執筆講師
三上康一(みかみ こういち)
株式会社ロードサイド経営研究所代表取締役