コストをかけずに離職率を下げる!「聴く力」と「問いかけ」で深める信頼関係【三上康一講師特別コラム】


コストをかけずに離職率を下げる!「聴く力」と「問いかけ」で深める信頼関係【三上康一講師特別コラム】
目次
執筆講師

株式会社ロードサイド経営研究所代表取締役
■はじめに:離職理由No.1の衝撃と予防策の重要性
「2015年版中小企業白書(中小企業庁)」が示す衝撃の事実――従業員の離職理由で最も多いのは、待遇や給与ではなく、「人間関係、特に上司や経営者への不満」でした。賃上げや配置転換といった対策は限界があり、「一度離職を考えた従業員を引き止めるのは困難」というデータも、事後対策の難しさを物語っています。
だからこそ重要なのは、離職の芽を摘む「予防策」。その鍵となるのが、上司が日頃から部下の就業環境に気を配り、意識的に築く「良好なコミュニケーション」です。そして、その根幹をなすのは、巧みな話術ではなく、相手の言葉に耳を傾け、深く理解しようとする「傾聴」の姿勢なのです。
本稿では、コストをかけずに、中小企業でもすぐに実践できる「傾聴」の具体的な方法と、部下の本音を引き出し、信頼関係を深める「オープンクエスチョン」の活用法をご紹介します。今こそ、あなたの「聴く力」を見直し、大切な人材が離れていくのを防ぎませんか?
■事後対策ではもう間に合わない?
2015年版中小企業白書によると、従業員の離職理由として最も多かったのは「人間関係、特に上司や経営者への不満」でした。次いで「業務内容への不満」や「給与への不満」が上位に挙がっています。

この調査結果を踏まえ、離職を防ぐためにどのような取組みが有効かを従業員に尋ねたところ、「賃上げ」(14.6%)や「職場の配置転換」(12.2%)といった回答が多く見られました。

しかしながら、賃上げは企業の経営状況によっては容易ではなく、また、規模の小さい企業では配置転換の選択肢も限られます。
注目すべき点として、「どのような理由があっても退職は避けられなかった」と回答した人が40.9%に上ることが挙げられます。この結果は、一度離職を検討し始めた従業員を引き止めることの難しさを示唆しています。
したがって、従業員が離職を考える前に、その芽を摘むための予防策が重要となります。具体的には、上司が日頃から部下の就業環境に気を配り、良好なコミュニケーションを築くことが不可欠です。そのコミュニケーションの根幹をなすのが、話し上手であることよりも、相手の話を深く理解しようとする「傾聴」の姿勢です。
■「傾聴」は最も手軽で効果的な予防策
傾聴とは、単に相手の言葉を受け止めるだけでなく、その言葉の裏にある気持ちや考えに寄り添い、共感し、サポートしようとする姿勢です。上司がこの傾聴力を高めることで、現場スタッフが抱える不安やストレスを軽減し、モチベーションと自信を引き出すことができます。結果として、「人間関係への不満」を原因とする離職を食い止め、組織全体の活性化に繋がるはずです。
では、具体的にどのように部下の話を「傾聴」すれば良いのでしょうか?
■すぐに始められる「傾聴」の3つのステップ
1. 部下の言葉を最後まで受け止める
自分の意見やアドバイスは一旦脇に置き、部下の話を遮らずに最後まで耳を傾けましょう。途中で口を挟むことは、部下の思考の流れを止め、話しにくい雰囲気を作り出してしまいます。信頼関係を築くためには、まずは「あなたの話をきちんと聴いています」というメッセージを伝えることが大切です。
2. 部下の気持ちと立場に寄り添う
部下の話を客観的に評価するのではなく、「なぜそう思うのだろう?」「どんな気持ちで話しているのだろう?」と、相手の立場になって考えてみましょう。頭ごなしに否定したり、批判的な態度を取ったりすることは、部下を深く傷つけ、反発を招く可能性があります。共感的な姿勢を示すことで、部下は安心して心を開きやすくなります。
3. 適度なリアクションで「聴いている」サインを送る
うなずき、相槌、「はい」「なるほど」といった短い言葉、そしてアイコンタクトは、「あなたの話を真剣に聴いています」という明確なメッセージを伝えます。ただし、過剰なリアクションは逆効果になることもあるので、自然な範囲で示すように心がけましょう。
■信頼を深める「オープンクエスチョン」の活用法
傾聴によって良好な関係性を築いたら、さらに深いコミュニケーションを図るために「オープンクエスチョン」を活用しましょう。これは、Yes・Noで答えられない質問のことで、部下に自分の言葉で考え、語らせる効果があります。「オープンクエスチョン」の対極には「クローズドクエスチョン」があります。これは回答がYes・Noに限られる質問です。
例えば、業務の進捗について尋ねる際に「問題ありませんか?」と聞くのはクローズドクエスチョンであり、確認をしたい時など主にキャリアの浅い部下に対して有効とされます。これに対し、「現在の状況はいつから始まったのですか?」「現在、困っていることは何ですか?」と尋ねるのがオープンクエスチョンです。これは、部下の主体的な意見や潜在的な課題を引き出すきっかけとなります。
人間には成長欲求があります。いつまでもクローズドクエスチョンばかり投げかけられると、自分で考える機会が得られず、この職場にいても成長できないのではないかという不安から退職を考えがちです。そこで、オープンクエスチョンを投げかけて考えさせ、成長を促すことが重要です。
効果的なオープンクエスチョンをするためには、以下の5W3Hを意識することが有効です。
■効果的なオープンクエスチョンの切り口
例:「そのアイデアはいつ頃から考えていたのですか?」
例:「その情報はどこで得ましたか?」
例:「この件に関して、誰と連携を取るのが良いと思いますか?」
例:「今回の提案は、なぜ重要だと考えますか?」
例:「具体的に、どのような改善策が考えられますか?」
例:「それをどのように実行していく計画ですか?」
例:「この作業には、どのくらいの時間がかかりそうでしょうか?」
例:「この目標達成のために、どの程度のコストが許容できると考えますか?」
オープンクエスチョンを投げかける際は、この5W3Hを答えていただくための質問を意識することがポイントです。これにより、部下はぼんやりとした自分の考えを明確にするために思考を巡らせることになります。上司が傾聴の姿勢を持ち、状況に応じてクローズドクエスチョンとオープンクエスチョンを使い分けることで、部下との信頼関係はより一層深まり、結果として離職率の低下、そして組織全体の成長へとつながるでしょう。
■「聴くは一得あり」──今日から始める職場改革
2015年版中小企業白書が示すように、従業員が離職する要因は、決して待遇や給与だけではありません。むしろ、日々のコミュニケーション、特に上司との関係性が深く関わっています。賃上げや配置転換といった施策が難しい中小企業にとって、コストをかけずに、今すぐにでも始められる離職対策として、上司自身の「聴く力」を高めることが挙げられます。
部下の言葉に耳を傾け、その気持ちに寄り添う「傾聴」の姿勢は、信頼関係を築き、職場の不安や不満を軽減する第一歩となります。そして、「オープンクエスチョン」を効果的に活用することで、部下の主体的な意見を引き出し、潜在的な課題を早期に発見することができます。
今日から、あなたのコミュニケーションを「話す」ことから「聴く」ことへと意識的にシフトさせてみてください。部下との何気ない会話の中にこそ、組織を強くし、大切な人材の流出を防ぐヒントが隠されているはずです。「聴くは一得あり」。この言葉を胸に、より良い職場環境づくりを目指しましょう。
執筆講師

株式会社ロードサイド経営研究所代表取締役