人手不足を救うはずが、人手不足を促進させる──タブレット注文のジレンマ【三上康一講師コラム】

人手不足を救うはずが、人手不足を促進させる──タブレット注文のジレンマ
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執筆講師

株式会社ロードサイド経営研究所代表取締役
■目の前のスタッフにオーダーできない飲食店
先日、5年ぶりに実家のある青森に帰省しました。私は埼玉県に住んでいますが、コロナ禍の影響で高齢の両親から「帰省は控えてほしい」と言われていたこともあり、ようやく実現した家族との再会でした。
帰省したその日、80代の両親とともに地元の居酒屋を訪れました。同店の各テーブルにはタブレット端末が設置されており、注文はすべてそれを通じて行う仕組みになっていました。
一通り料理と飲み物を注文し、家族で談笑しながら食事を楽しんでいたところ、父が追加の飲み物を頼もうと、料理を運んできた女性スタッフに声をかけました。すると彼女は、申し訳なさそうな笑顔を浮かべながらこう言いました。
「ご注文はタブレットでお願いします」
目の前にスタッフがいるのに、スタッフにオーダーができない。埼玉で私がよく行く馴染みの店では、タブレット注文も可能ですが、店員さんにも気軽に声をかけられます。しかし、この青森の居酒屋では、どうやら“タブレット以外の注文はタブー”のようでした。
効率化の名のもとに導入されたタブレット注文。 それは、現場の負担を減らすはずの“救世主”だったはずです。 しかし、もしその結果として──
顧客との会話が減り、
スタッフのやりがいが失われ、
感謝の言葉が届かなくなり、
そして、働く人が「この仕事に意味はあるのか」と感じてしまうなら──
それは、まさに「人手不足対策が、さらなる人手不足を招く」という皮肉なスパイラルです。
テクノロジーは人を補う道具であって、人を代替するものではないはずです。その境界線が曖昧になったとき、サービスの本質が揺らぎ始めるのかもしれません。

■タブレット注文がもたらす「効率化のジレンマ」
飲食店にタブレット注文が普及している背景には、特に地方における深刻な人手不足があります。若者の都市部への流出、少子高齢化などが重なり、地方の飲食店では働き手を確保することが極めて困難になっています。
実際、「人手不足のため、注文はタブレットでお願いします」と張り紙を掲げる店もありました。飲食店は限られた人材で業務を回すために、テクノロジーの力に頼らざるを得ない状況なのです。
タブレット注文には、店舗側にとって多くのメリットがあります。
・人件費の削減:注文対応の時間を減らすことで、少ないスタッフで運営できる
・業務の効率化:聞き間違いがなくなり、厨房への情報伝達もスムーズになる
・教育コストの削減:新人スタッフに注文対応を教える手間が省ける
しかし、この効率化の裏側には、顧客が求める「温かさ」とのギャップが存在します。
特に、IT機器に不慣れな高齢者にとって、タブレットは不便で冷たく感じられるもの。
父の戸惑いは、この世代が感じる共通の違和感を象徴していました。
■ QRオーダーと「ギガの壁」
最近では、タブレット注文に加えて、QRコードを使った注文システム(QRオーダー)も急速に広まっています。コロナ禍以降、非接触型の接客が求められ、紙のメニュー表を廃止し、スマホで注文を完結させるスタイルが定着しつつあります。
QRオーダーも、タブレット同様に人手不足の解消やコスト削減を目的とした手段ですが、ここにも新たな課題が浮上しています。それは「通信料」の問題です。
店内にフリーWi-Fiがない場合、客は自分のスマホの通信料を使って注文を行うことになります。これに対して、「自分のギガにタダ乗りされている」といった不満の声が上がっているのです。
実際、ある調査によれば、50%以上の人が「店員に直接注文する方が良い」と回答しており、QRオーダーに対する反発は根強いことが分かります。
【参考記事】
Yahoo!ニュース「客のギガに“タダ乗り”? 飲食店「スマホ注文」にモヤモヤ…店側に「通信料」請求することは可能か【弁護士解説】」

■タブレットが奪う「自己肯定感」
この問題は、顧客側の不満にとどまりません。
私はこの「人なきサービス」が、店舗スタッフ自身のやりがいや自己肯定感を奪い、かえって人材の流出を招くのではないかと懸念しています。
人は、誰かの役に立っていると感じることで、自己肯定感を満たし、仕事へのモチベーションを維持します。
しかし、タブレット注文が主流になると、スタッフの業務は単純作業に限定されがちです。
・お客様からの直接的な感謝がない
「ありがとう」「助かったよ」といった言葉は、店舗スタッフにとって何よりの報酬です。
この言葉を直接聞く機会が減ると、「自分の仕事は誰に喜ばれているのか?」という疑問が生まれ、自己肯定感が揺らぎます。
・仕事が「作業化」する
顧客の要望を聞き、提案するという創造的な接客がなくなり、スタッフはまるで配膳ロボットのような存在に。これは、仕事への誇りを失わせ、やる気を大きく低下させます。
自己肯定感が低下したスタッフは、仕事に価値を見出せなくなり、やる気を失ってしまいます。
これは、以下のような負のスパイラルを引き起こします。
1. 仕事への関心の低下:「どうせ自分の仕事は重要ではない」と感じ、熱意が失われる
2. パフォーマンスの低下:やる気がない状態では、最高のサービスは提供できない
3. 離職:自分の価値を認めてくれる職場を求め、辞めてしまう
この悪循環は、人手不足を解消するために導入したはずのテクノロジーが、かえって人材の定着を妨げるという皮肉な結果を招きかねません。

■テクノロジーと人の温かさの融合
では、どうすればこの課題を乗り越えられるのでしょうか。
人手不足は待ったなしの状況であり、タブレット注文を否定するわけにはいきません。
鍵となるのは、「テクノロジーと人の温かさの融合」です。
埼玉で私がよく行くお店では、タブレットと口頭注文の両方に対応する「ハイブリッド型サービス」を採用しています。
これなら、効率を上げつつも、お客様とのコミュニケーションの機会を意図的に残すことができます。
このモデルでは、タブレットは単なる「注文ツール」ではなく、スタッフがより質の高いサービスに集中するための「補助ツール」として位置づけられています。
■「接客の余白」が生む価値
タブレットやQRオーダーが注文業務を担うことで、店舗スタッフには“接客の余白”が生まれます。この余白こそが、サービスの質を高め、顧客満足度を向上させるための貴重な資源です。
たとえば、
・料理の背景を語る:「この煮物は、地元の農家さんから仕入れた里芋を使っていて、味付けは母のレシピなんです」
・お客様の好みに寄り添う:「辛いものがお好きなら、こちらの一品に少し七味を足すと、さらに美味しくなりますよ」
・ちょっとした会話を楽しむ:「今日はご家族でお越しなんですね。久しぶりのご帰省ですか?」
こうした“ちょっとしたやりとり”が、顧客にとっては忘れがたい体験となり、スタッフにとっては「自分の言葉が誰かの笑顔につながった」という実感になります。
それは、効率では測れない「心の報酬」です。
■地方だからこそできる「人間的な接客」
都市部では、回転率や効率が重視されがちですが、地方の飲食店には「時間の余白」と「人との距離の近さ」という強みがあります。
だからこそ、テクノロジーに頼りすぎるのではなく、人間らしい接客を活かす余地があるのです。
青森の居酒屋も、タブレット注文を導入した背景には、経営の苦しさがあったことでしょう。
しかし、もしその結果として顧客との接点が減り、働く人々のやりがいが失われているのだとしたら、それは本末転倒です。
地方の飲食店こそ、「人の温かさ」を武器にできる。
それは、都会にはない“地域の魅力”であり、“人の記憶に残る体験”です。
■「サービスの本質」を問い直す時代
人手不足が加速する今、私たちは改めて「サービスの本質とは何か」を問われているのかもしれません。
それは、単なる効率化ではなく、「人と人とのふれあい」の中にある──そう私は思います。
テクノロジーは、私たちの生活を便利にしてくれます。
しかし、便利さの中に“孤独”が潜んでいることも忘れてはなりません。
青森の居酒屋での出来事は、そんな「便利さの落とし穴」を私に教えてくれました。
■最後に──「温かさの設計」を
これからの飲食店経営には、「温かさの設計」が求められます。
それは、効率化の中に“人の気配”を残すこと。
テクノロジーを使いながらも、「人がいる安心感」を感じられる空間をつくること。
顧客に喜んでもらえる体験を創造し、その喜びをスタッフと共有する。
この好循環を生み出すことこそが、人手不足という大きな壁を乗り越え、持続可能なビジネスを築くための唯一の道ではないでしょうか。

執筆講師

株式会社ロードサイド経営研究所代表取締役




