美容室の倒産から学ぶ、「人手不足」を解決するための革新的戦略【三上康一講師コラム】

美容室の倒産から学ぶ、「人手不足」を解決するための革新的戦略
目次
執筆講師

株式会社ロードサイド経営研究所代表取締役
■美容室倒産の背景と業界全体の危機感
美容室の倒産件数が過去最多ペースで進んでいます。その背景には、「低賃金・長時間労働」への不満や、「美容師のフリーランス化」による人材流出が挙げられます。これは決して美容業界特有の問題ではありません。労働人口の減少が加速する現代において、どの業界の中小企業でも直面しうる深刻な経営課題です。
参照:Yahoo!ニュース「「美容室」の倒産、3年連続で増加 過去最多へ 「美容師」不足に直面(帝国データバンク)」
今回の記事では、「低賃金・長時間労働」と「フリーランス化」を取り上げ、企業がどのような対策でこれらをきっかけとした人手不足を克服できるかを解説していきます。
■「低賃金・長時間労働」に対する心理学的アプローチ
・社員の不満足度に影響を与える衛生要因
低賃金や長時間労働に関する対策を考えるうえで参考になるのが、心理学者フレデリック・ハーズバーグの「動機付け=衛生理論」です。
この理論では、給与や労働時間、会社の規則、上司との関係、職場の人間関係といった仕事の周辺環境が不十分だと、社員は不満を抱き、退職につながるとされています。美容室でいう「低賃金・長時間労働」はまさに衛生要因に該当します。
不満を解消することで、社員の退職リスクは下がります。しかしそれだけでは、「仕事が楽しい!もっと頑張ろう!」というモチベーションは生まれません。
たとえば不満を解消しようと給与を大幅に上げたとしても、社員は自分の実力、会社の状況、世間相場などを意識しています。そこで、いきなり給料を2倍にすると、「何か裏があるのでは」と不信感を抱くこともあります。
また、人間関係の改善によって働きやすさが向上しても、ある程度改善されると「もうこれ以上は良くならないだろう」という天井感を抱き、モチベーションアップにはつながりにくくなります。
このため、「相場」や「天井感」に縛られない動機付け要因を充足させることが、「この職場で働き続けよう」と思う大きなモチベーションを引き出す鍵となります。
・社員の満足度に影響を与える動機付け要因
動機付け要因とは仕事そのものの面白さ、達成感、責任、承認、キャリアアップなど、個人の成長や自己実現に関わる要因です。これらが満たされると、社員の仕事へのやりがいや会社への愛着が高まります。
例えば、「自分の頑張りを正当に評価された」「新しい仕事を任されて成長できた」といったポジティブな感情は、この動機付け要因によって生まれます。
ここまで述べたように、衛生要因は不満足度に、動機付け要因は満足度に影響を及ぼすとされています。そこで、これらの要因を人材定着に活かすために、社員の「不満足度」と「満足度」の大小で4つのタイプに整理してみます。
・社員の不満足度と満足度で考える4つのタイプ

1. 不満大・満足大→退職のリスクが高い
衛生要因が充足されておらず、動機づけ要因が充足されている状態です。このような場合、やりがいは感じていても、給与や労働時間に対する不満が限界を超えると、最終的には不満が勝り、退職に至る可能性が高いと言えます。「好きな仕事だけど、このままでは身体や生活がもたない」といった状況です。
2. 不満大・満足小→退職のリスクが高い
衛生要因も動機づけ要因も充足されていない状態です。仕事にやりがいを感じず、給与や労働環境にも不満がある状態では、仕事に対する意欲が低下し、転職を決断するリスクが高まります。
3. 不満小・満足大→退職のリスクが低い
衛生要因も動機づけ要因も充足している状態です。給与や人間関係に不満がなく、仕事自体にやりがいを感じている理想的な状態と言えます。自律的に働き、高い生産性を発揮します。
4. 不満小・満足小→退職のリスクが高い
衛生要因は充足しているものの、動機づけ要因が充足していない状態です。給与や条件には不満がないものの、仕事に熱意ややりがいを見出せない状態と言え、給与や労働条件の良い職場へ簡単に移ってしまいます。
ここでのポイントは、不満足度が大きければ退職リスクが高いということ、そして、不満足度が小さくても、満足度も小さければやはり退職リスクは高いということです。
そこで、衛生要因の充実による不満足度の改善はほどほどにして、動機づけ要因の充実による満足度の改善に取り組むべきと言えます。これが本稿における「低賃金・長時間労働」対策となります。次に「フリーランス化」対策を見ていきます。
■「フリーランス化」を人材獲得の武器に
・株式会社リクルートの取組み
多くの企業は、優秀な社員が辞めて独立することを恐れます。しかし、美容業界で加速する「フリーランス化」の波は、もはや避けられない潮流です。これは美容師に限らず、あらゆる業種の若者が、働き方の自由や収入増を求めていることの表れです。この流れをただ脅威と捉えるのではなく、人材獲得の強力な武器として活用する逆転の発想が、今、中小企業に求められています。
株式会社リクルートは、まさにこの戦略を体現している企業です。同社では、退職を「卒業」と前向きに捉えていますが、これを象徴するのが、社員の退職時にステップアップのための支援金として支給される「退職一時金制度」です。入社半年から支給対象となり、勤続年数に応じて支給額が異なります。

入社半年から退職金が支給される企業は非常に珍しく、「リクルートで働けば、将来独立できる本物の実力が身につく」という強力なブランドイメージを築いています。これにより、結果的に多くの優秀な人材が集まってくるのです。
これは「社員を会社に囲い込む」という従来の考え方とは真逆の戦略です。美容室であれば、「あの店で働けば独立できる」と思わせることができれば、人材獲得競争で圧倒的に有利になります。
・資金力に頼らない、中小企業が今すぐできる具体的な取り組み
リクルートのような退職一時金制度は、資金力に余裕のない中小企業にはハードルが高いかもしれません。しかし、重要なのはお金を払うことではなく、「社員の成長を本気で応援する」という姿勢を示すことです。例として以下が挙げられます。
・キャリアパスの透明化:社員がどのようなスキルを身につけ、どのようなキャリアを歩めるのかを明確に示しましょう。定期的な面談でキャリアプランを共有し、それに合わせた成長の機会を提供します。
・スキルアップへの投資:高額な研修でなくても構いません。業界で通用する専門スキルを習得できる機会を積極的に設けましょう。例えば、外部セミナーへの参加費補助や、社内勉強会の実施、特定の資格取得を奨励する制度などです。「あなたの成長は、会社が保証する」という強いメッセージは、独立志向の強い社員にとって最も魅力的な条件となります。
・権限委譲と挑戦の機会:若手社員に積極的に重要な仕事を任せ、成功体験を積ませることで、仕事へのやりがいを高めます。
人材不足の時代において、社員のキャリアを応援する姿勢を示すことは、企業の未来を創る上で不可欠な要素です。社員の成長を支援し、その卒業を応援することが、結果的に自社の強力なブランドを作り、人材が集まる仕組みを築く鍵となるのです。
■組織文化の変革とキャリア支援
企業にとって最も重要なことは、単に給与や労働条件を改善するだけではなく、社員のキャリアや自己実現を応援するという文化を作り上げることです。社員が自ら成長できる環境を提供し、どのようなキャリアを歩みたいのかを一緒に考えることで、長期的な信頼関係が築かれます。
これにより、社員のやりがいや誇りが高まり、退職率が減少します。また、キャリアの成長と企業の成長をリンクさせることで、双方が共に発展できる関係が築かれます。リクルートのように、社員の将来を応援する姿勢を示すことで、他の企業に差をつけることができるのです。
■結論:人手不足解決のカギは社員の満足度向上にあり
人手不足という課題を乗り越えるためには、単に人材を採用するだけでなく、既存の社員の満足度を高め、定着させることが最も重要です。企業が直面する問題は、給与や労働条件の改善にとどまらず、社員が自ら成長し、自己実現できる環境を提供することにあります。ここで注目すべきは、社員が自分の道を追求する自由を提供する一方で、企業への愛着や定着を高めることが可能であるという矛盾とも取れる戦略です。社員のキャリア支援や独立志向を応援することで、社員の満足度を高め、逆に企業の信頼性と魅力を高めることができます。
「社員の卒業を祝福する戦略」は、資金力に頼らずとも中小企業にも実践できる取り組みです。キャリアパスの透明化、スキルアップ支援、挑戦の機会を与えることで、社員が働きがいを感じ、自社に愛着を持つようになります。このような取り組みを通じて、企業は優れた人材を引き寄せ、長期的に定着させることができると言えます。
結局のところ、社員の満足度を向上させることで、企業の競争力を高め、人手不足を根本的に解決する道を開くことができます。社員が自らの成長を感じ、キャリアアップを支援される職場は、どんな厳しい環境でも強く、魅力的な企業となるでしょう。

執筆講師

株式会社ロードサイド経営研究所代表取締役




