賃上げだけでは解決しない!人手不足倒産を防ぐ人材マネジメント【三上康一講師コラム】

賃上げだけでは解決しない!人手不足倒産を防ぐ人材マネジメント
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執筆講師

株式会社ロードサイド経営研究所代表取締役
2025年9月、東京商工リサーチの調査で「人手不足」が原因の倒産が急増し、年間300件を超えるペースで推移していることが明らかになりました。特に、物価高や最低賃金引き上げに伴う「賃上げ疲れ」が、経営を圧迫している中小企業が目立ちます。
出典:ITmedia ビジネスオンライン「「賃上げ疲れ」で倒産急増 人手不足倒産、年間300件台へ」
大企業との賃金格差がある中で、中小企業が賃上げだけで従業員の満足度を維持し、人材流出を防ぐことには限界があります。この難局を乗り越えるためには、給与アップに代わる、従業員のモチベーションを高める取り組みが不可欠です。
そこで、本記事ではモチベーション理論の1つである「マグレガーのX理論・Y理論」をご紹介します。この理論を理解し、現場で実践することで、従業員の自主性や意欲を引き出し、人材の定着率を高めることができます。
■マグレガーのX理論・Y理論とは?
アメリカの心理学者ダグラス・マグレガーは、リーダーが従業員に対して持つ「人間観」を2つのタイプに分けました。
・X理論:厳格な管理で人を動かす
X理論は、「人間は本来怠け者で、仕事が好きではない」というネガティブな人間観に基づいています。この考え方では、従業員を動かすには、厳格なルールや罰則を設けて管理し、外部からの強制力が必要とされます。このようなマネジメントは、短期的な成果が出るかもしれませんが、従業員は指示待ちになり、自ら考えることをやめてしまいがちです。また、変化の激しい現代において、トップダウンの指示だけではイノベーションは生まれにくいといえます。
・Y理論:自主性を引き出して人を動かす
一方、Y理論は、「人間は仕事に意欲的で、責任感があり、自ら目標達成のために行動する」というポジティブな人間観に基づいています。この考え方では、従業員の自主性や創造性を尊重し、権限を委譲することで、内発的なモチベーションを引き出すことを目指します。
現代のように価値観が多様化し、個性を尊重する時代には、Y理論に基づいたマネジメントがより効果的です。この点について詳しく見ていきましょう。
■ Y理論が有効な理由
・自主性を尊重することでモチベーションが高まる
Y理論の大きなポイントは、従業員に「自主性」を与えることです。人は誰しも、ただ指示を受けて動くのではなく、自分の意見やアイデアを活かしながら仕事をしたいという欲求を持っています。特に、仕事に対して自分の考えが反映されると、やりがいや達成感を得やすくなります。
例えば、従業員に自由に意見を言わせたり、自分の方法で仕事を進めさせたりすることで、その人が自分の力を発揮しやすくなり、仕事への意欲が高まります。逆に、すべての指示を待つだけだと、やりがいや創造性が欠け、モチベーションが下がってしまいます。
・責任を持たせることで成長が促進される
Y理論は、従業員に責任を持たせることも重要なポイントです。責任を持つことで、その人は自分の行動に対してより強い意識を持つようになります。自分の仕事に責任を持つことで、「やらなければならない」という意識が芽生え、業務の進行に対して自発的に動くようになります。
例えば、任されたプロジェクトを成功させるために、どんな方法で進めるかを考え、自分で解決策を見つけていきます。このように責任を持たせることで、従業員は自己成長を実感し、次第にモチベーションが上がります。
・個性を尊重することで多様性が活かされる
現代の職場は、多様なバックグラウンドを持った従業員が集まっています。Y理論では、個々の違いや特性を尊重することが前提となっており、これにより、従業員一人ひとりの強みを活かすことができます。これが結果として、組織全体の創造性を引き出し、業務の効率化や新たなアイデアの創出につながります。
例えば、ある従業員が得意な分野を任せたり、特定のアイデアや方法を活かすようにしたりすることで、チーム全体が活性化し、より効果的に業務を進めることができます。個性を尊重することで、従業員が自信を持ち、やりがいを感じることができるのです。
Y理論が有効なのは、現代の職場において「自分の意見を言える」「責任感を持てる」「個性を尊重される」という環境が、従業員のモチベーションを高め、より良い成果を生むからです。従業員が自分の力を発揮できる環境を整えることが、組織の成長やパフォーマンス向上につながると言えます。X理論のように厳しく管理するだけでは、従業員のやる気を引き出せず、むしろ逆効果になることが多いという現代の傾向を踏まえると、Y理論に基づいたマネジメントは非常に重要といえます。
では、この理論を活用した事例を見ていきましょう。
■Y理論を実践!あるガソリンスタンドの成功事例
かつて、私はガソリンスタンドの運営会社に勤務し、21年間現場に身を置いていました。当時、私が店長を務めていた店舗の営業時間は7:00~23:00で、その時間内は危険物取扱者(乙種第4類)の資格を持つ従業員の常駐が必要でした。従業員は正社員3名、アルバイトスタッフ15名であり、資格を持っていたのは3名の正社員のみという状況でした。
当時、早番の社員は7:00に出社し夕方まで勤務、遅番の社員はお昼に出社し23:00まで勤務という体制をとっていましたが、20:00以降はタイヤ交換や洗車などガソリン以外の商品の売れ行きが悪く、人件費の高い社員をその時間帯に配置しておくのは費用対効果が低い状況でした。
そこで、遅番の社員の出社時刻を早め、20:00に退社することとし、20:00~23:00はアルバイトスタッフに運営を任せ、彼らの責任感と自主性の醸成を図る方向で改革を進めました。具体的な取り組みは以下の通りです。
・資格取得支援: 資格取得に必要な教材費や受験料は全額会社負担とし、資格取得後にはシフトに優先的に入れることを告知しました。
・権限の委譲: 資格を取得したアルバイトスタッフには、20:00~23:00の店舗運営権限を委譲。これにより、スタッフは「自分が店の運営を担っている」という責任感を持つようになりました。
この取り組みによって、次々とアルバイトスタッフが資格を取得しました。そして、資格取得により、スタッフの定着率が大幅に改善しました。
さらに、遅番社員の勤務時間を10:00~20:00に変更したことで、繁忙時間帯にしっかりと社員を配置することができ、ガソリン以外の商品がより売れるようになり、客単価の向上にもつながりました。
■まとめ:Y理論で人材マネジメントの新しい風を吹かせる
特に中小企業では、賃上げの原資に限りがあるため、給与の増加だけで従業員満足度を維持したり人材流出を防いだりすることは難しくなっています。このような背景の中で、経営者は「賃金の増加以外の方法で従業員のモチベーションを高める」必要に迫られています。
そこで注目すべきなのが、アメリカの心理学者ダグラス・マグレガーが提唱したY理論です。Y理論の本質は、従業員に対する信頼と自主性の尊重にあります。この理論が示す通り、従業員が自らの力で仕事に取り組む環境を整えることが、組織の成長を促す最も効果的な方法の一つです。逆に言えば、従業員が自己実現を感じられない環境では、どれだけ賃金を上げてもモチベーションの向上には限界があるのです。
例えば、従業員に「この仕事は任せられない」と決めつけてしまうのは、彼らの成長意欲を阻害することにつながります。そのため、経営者や管理職は、できる範囲で小さな権限を委譲し、従業員に自分の意見を反映させる機会を提供することが重要です。権限を委譲することにより、従業員は自分の仕事に対して責任感を持つようになり、その結果、自発的に業務を遂行する姿勢が生まれます。このような環境を整えることが、従業員一人ひとりの成長意欲を育むための第一歩になります。
実際に、権限の委譲を行うことによって、従業員は自分が組織にとって重要な存在であると感じ、仕事への取り組み方が変わります。その結果、業務の効率化が進み、組織全体の活力が引き出され、最終的には会社の成長に繋がります。Y理論は、単に「人を動かす」ための理論ではなく、人を成長させ、組織を活性化するための強力なツールです。
賃上げが難しい時代において、従業員に対して信頼を寄せ、自主性を重んじるマネジメントこそが、長期的に見て組織を支える力強い基盤となります。人材不足を解決し、企業を成長させるために、ぜひこのY理論に基づいたマネジメントを実践し、あなたの職場に新たな風を吹き込んでください。

執筆講師

株式会社ロードサイド経営研究所代表取締役




