人手不足の職場で雰囲気を改善する方法|上司が“ほっこり”を演出する重要性【三上康一講師コラム】

人手不足の職場|上司が“ほっこり”を演出する重要性
目次
執筆講師

株式会社ロードサイド経営研究所代表取締役
■人手不足は職場の悪循環を生む
中小企業にとって、人手不足は単なる「人が足りない」問題ではなく、経営そのものに直結する深刻な課題です。現場では、一人ひとりの負荷が増大し、業務のスピードや正確性を維持するのが難しくなります。その結果、従業員は疲弊し、心身の余裕を失い、職場の雰囲気にも悪影響が及びます。
私自身もかつてガソリンスタンドで店長を務めていた頃、退職者が相次ぎ人手不足に苦しんだ経験があります。人員が足りない状態では、一つひとつの作業に神経を使わざるを得ず、朝から夕方まで緊張感の連続でした。焦りや疲労からミスやトラブルも増え、従業員同士の口調も次第にきつくなり、些細なことで衝突が生まれるようになりました。さらにその状況が原因で、新たな退職者が出るという負の連鎖に陥ったのです。
このように、人手不足は「負荷増加 → 職場の雰囲気悪化 → 離職 → さらに人手不足悪化」という典型的な悪循環を生み出します。この連鎖を断ち切るためには、物理的な人員補充だけでなく、従業員の心理的余裕を確保することが不可欠です。疲れきった現場では、いくら指示や管理を強化しても、従業員のパフォーマンスやモチベーションは上がりません。
そこで注目したいのが、上司や経営者による“ほっこり演出”です。忙しい現場でも、ちょっとした言葉や行動で職場の空気を温め、従業員が安心して働ける心理的安全性を作ることができます。信頼関係やコミュニケーションの改善が、長期的な離職防止や業務効率の向上にもつながるのです。
ここで、私が最近経験したある病院の待合室での印象的なエピソードをご紹介します。この小さな出来事から、職場の空気を変える「ほっこり演出」の持つ力を感じることができました。
■忙しい現場で起きた“ほっこり”の瞬間
ある日、私は病院の待合室で診察の順番を待っていました。混み合った室内の空気は、自身の体調への不安や長時間待たされる焦燥感から、張り詰めた緊張感が漂っていました。
そんな待合室のテレビで流れていたのが、アメリカ大リーグ、ドジャースの試合中継です。このチームには、大谷翔平選手をはじめとする日本人選手が複数在籍しており、その活躍は今や国民的な関心事となっています。
そんな中、忙しそうに業務に追われていた1人の看護師さんが、診察室のドアから顔だけをひょこりと出しました。そして、待合室中に響き渡る、明るく親しみやすい声で尋ねたのです。
「今、どっち勝ってますか〜!?」
その声には、プロフェッショナルな役割を一時忘れ、1人の野球ファンとして選手の活躍を心から楽しみにしている人間らしい感情がにじんでいました。
このたった一言が、硬直していた場の空気を一瞬で変えました。私はこの光景を見て、「業務」の壁を超えて開示された一瞬の「人間性」が、いかに強力な心理的緩衝材となるかを痛感したのです。
この「ドジャース看護師」の行動こそ、人手不足で疲弊し、ギスギスしがちな職場の空気を温める、上司が学ぶべき最高の「ほっこり演出」戦略なのです。
■ “ほっこり”が生まれる理由
なぜ、たった一言で空気が変わったのでしょうか?
それは、この看護師さんが「業務をこなす機械」ではなく、野球の勝敗や日本人選手の活躍が気になる一人の人間という素の自分(人間性)を見せたからです。
職場でも同じことが言えます。上司が忙しさの中で「自分も人間である」という素の部分を少し見せるだけで、心理的な距離が縮まり、信頼関係やチームワークは強化されます。
心理学的に言えば、人間は「他者の脆さや感情が見える瞬間」に強く共感し、心理的距離を縮めやすいことが知られています。これは社会心理学でいう 自己開示(self-disclosure) の原理に基づきます。Altman & Taylor (1973) の研究では、人間関係は「表面的な関係」から「親密な関係」へと段階的に進むとされ、自己開示の量と深さが関係の親密度に正の影響を与えることが示されました。彼らはこのプロセスを「玉ねぎの皮が一枚ずつ剥がれるように、表面的な情報から徐々に個人的・感情的情報を開示する」と表現しています。
職場でも同様です。堅苦しい会議室やギスギスした作業現場であっても、上司が「昨日の試合で日本人選手が活躍して寝不足だった」や「このタスク、少し手こずった」といった形で自分の素の感情や関心を少し開示するだけで、従業員は「上司も同じ人間だ」と感じ、心理的に心を開きやすくなります。こうした小さな自己開示が、職場の空気を柔らかくし、信頼関係を築く土壌になるのです。
■職場でできる“ほっこり演出”の具体例
1. ちょっとした声かけ
声かけは最も手軽で即効性のある“ほっこり演出”です。疲れた従業員にとって、「見てくれている」「認められている」という感覚は心理的な安心感につながります。
例:
・「今日もありがとう」
・「ここまで順調だね」
・「さっきの対応、よかったよ」
たった数秒でも、従業員はホッと心が軽くなります。私がガソリンスタンドで店長をしていた頃、アルバイトスタッフに「腹へったな」と声をかけただけで、スタッフの表情がぱっと明るくなったことを覚えています。
2. 素の自分を少し見せる
上司や経営者が仕事以外の感情や関心を少し開示することも効果的です。
例:
「昨日のサッカー見た?すごい試合だったね!」
「今日はこのタスクで少し手こずった」
「ドジャースの〇〇選手、やっぱり頼りになるね」
こうした行動で、従業員は「上司も同じ人間だ」と感じ、肩の力を抜いて働けます。堅苦しい会議室の窓を少し開けて、新鮮な風を入れるイメージです。そしてこれらの行動は、新規採用にもポジティブな影響を及ぼします。
■雰囲気改善は離職防止だけでなく採用力強化にもつながる
職場の雰囲気が良くなることは、離職防止の大きな要素であり、人手不足のさらなる深刻化を防ぐことに直結します。特に中小企業では、少数の従業員がそれぞれ重要な役割を担っているため、一人ひとりの離職が組織全体の機能に大きな影響を与えかねません。だからこそ、職場の雰囲気改善は単なる「職場の和やかさ」を作る取り組みではなく、経営的な視点でも非常に重要なのです。
さらに、雰囲気の良さは社内だけでなく、外部からも強く伝わります。求人広告や企業サイトの情報だけでなく、実際に働く従業員の表情や会話、口コミが求職者に届く時代です。「ここで働きたい」と感じてもらうには、職場の空気そのものが魅力であることが不可欠です。明るく互いに気遣い合う雰囲気、忙しい中でも笑顔が見える瞬間、上司が少し素の自分を見せて場を和ませる姿—こうしたリアルな体験が、外部からの印象に大きな影響を与えます。
つまり、上司による“ほっこり演出”は単なるモチベーション向上策ではありません。それは職場環境の改善を通じて、従業員の安心感を高め、離職防止につながり、その結果として人手不足の悪化を防ぎます。さらに、職場が魅力的であることは新規採用力の向上にも直結します。この一連のプロセスは、まさに「職場環境改善 → 離職防止 → 人手不足防止 → 新規採用力向上」という好循環を生み出す戦略的経営行動なのです。
特に中小企業では、採用予算や広報力が限られる場合も多いため、現場の雰囲気自体が最大の採用武器になります。従業員の表情やチームのやり取り、上司のちょっとした気遣いや笑顔—こうした何気ない日常の積み重ねが、外部から見た企業の魅力を決定づけます。結果として、「ここでなら自分も成長できそうだ」「安心して働けそうだ」と求職者に感じてもらえるのです。
つまり、上司の“ほっこり演出”は、単なる一時的な和みではなく、経営戦略の一部として、組織の安定と成長に直結する行動と言えるでしょう。職場の空気づくりに意識的になることは、長期的な人材確保・育成にもつながり、結果的に会社全体の競争力を高める重要な施策となるのです。
■まとめ:小さな“ほっこり”が大きな効果を生む
人手不足の職場で起こる悪循環──負荷増加、雰囲気悪化、離職──は、上司のちょっとした行動で改善できます。
・忙しくても声かけや笑いで“ほっこり”を演出する
・忙しい中でも素の自分を少し見せる
・日常に小さなユーモアや共感を取り入れる
病院の看護師さんが見せた一瞬の“ほっこり”のように、上司の一言や行動が職場の空気を変え、チームを強くします。雰囲気改善は離職防止だけでなく、新規採用力の向上にもつながります。小さな行動が、寒い冬の朝に差し込む陽光のように職場全体を温め、企業の未来を守るのです。

執筆講師

株式会社ロードサイド経営研究所代表取締役




