クマ被害と人手不足の深層:「高齢者が評価されない職場」が若者の意欲を奪う【三上康一講師コラム】

「高齢者が評価されない職場」が若者の意欲を奪う
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執筆講師

株式会社ロードサイド経営研究所代表取締役
近年、全国各地でクマの出没が急増し、人命に関わる深刻な事故が相次いでいます。その最前線で危険な任務にあたっているのが、地域の猟友会に所属する高齢ハンターの方々です。彼らは長年の経験と勘、そして命を懸けた行動によって、人と自然の境界を守り続けています。
しかし現実には、ハンターの高齢化が進む一方で新たな担い手は増えず、現場の負担は年々重くなっています。その背景には、単なる人手不足や若者の狩猟離れでは説明できない、より深い構造的な問題があります。――それは「高齢者の経験や貢献が正当に評価されない社会構造」です。
長年地域を支えてきたベテランが適切に評価されず、報酬や地位に反映されない現実を見て、若者は「自分もこの道を歩んでも報われない」と感じています。結果として、クマ被害の拡大という危機の裏で、次世代の担い手が育たないというもう一つの危機が進行しているのです。
高齢者を評価しない社会は、同時に若者の未来をも奪っています。いま、私たちはその構造を見直す必要に迫られています。
■クマ駆除の現場に見る「評価されない高齢者」と若手離れの関係
狩猟免許は「鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律(鳥獣保護管理法)」に基づく国家資格です。特にクマの出没が増えている地域では、免許を持つハンターが駆除や個体管理にあたることで、法に則った安全な捕獲や個体管理が可能となり、無秩序な駆除や違法捕獲による二次被害も防ぐことができます。
つまり、狩猟免許は単に個人の資格ではなく、「地域の安全と生活の安定を守るための制度」であり、クマ被害対策の最前線に直結しているのです。この免許保有者数ですが、環境省および農林水産省によると、1970年代には約54万人を超えていましたが、2000年頃には約20万人にまで減少しました。
特に深刻なのが高齢化です。2012年度には免許保有者18万1千人のうち約6割が60歳以上であり、2019年度も同様の割合を保ったままです。つまり、ハンターを担う次の世代が思うように増えず、現場の高齢化は進行し続けています。
問題の根底にあるのは、命がけの活動であるにもかかわらず、クマ駆除にあたる高齢ハンターは、十分な報酬も社会的な承認も得られていない点です。「危険な仕事をしても、結局は感謝されない」「長年頑張っても評価されない」――そんな現実を見て、若手が将来この職に残りたいと思えるでしょうか。
高齢者が正当に評価されない現場では、若手は自分の将来像を描けず、結果的に人材が定着しないのです。そして、この構造は多くの日本企業にも共通しています。
参照:e-gov法令検索「鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律(平成十四年法律第八十八号)」
参照:環境省「鳥獣保護管理法の概要」
■高齢者を評価しない組織は「未来の担い手」を失う
私はこれまで都内に本社を置く約700社に高齢者雇用に関するヒアリングやアドバイスを行ってきましたが、多くの企業に共通して見られるのは「高齢社員を評価しない」風土です。
定年後再雇用者に対して、実績や能力を考慮せず一律に給与を下げたり、単純作業に配置したりする――こうした扱いは本人の意欲を削ぐだけでなく、若手社員にも悪影響を与えています。
若手がもし「この会社では、年を取っても評価されない」「ベテランになっても大切にされない」と感じれば、彼らは長期的なキャリアを描けません。つまり、高齢者を正当に評価しないことは、若手が将来に希望を持てない職場をつくり、人材定着を困難にしてしまうのです。
若手社員が仕事に意欲を持ち続けるために最も必要なのは、「この職場で努力を重ねれば、将来自分も正しく評価される」という希望です。ここで大切なのは「高い評価」ではなく、「正しい評価」です。
しかし、多くの企業ではこの“正しい評価”を行う仕組みが年齢によって途切れています。
若手や中堅社員に対しては明確な人事評価制度が整っている一方で、60歳を超えた社員に対しては、ほとんどの企業で評価制度そのものが存在しません。再雇用や嘱託といった雇用形態は用意されていても、実績や貢献度を測る仕組みがないため、高齢社員は「何を基準に自分が評価されているのか」さえ分からないのが現状です。
その結果、若手社員は先輩社員の姿を間近で見て、「この会社では、いくら頑張っても年を取れば報われない」と感じます。こうして、高齢者の評価制度の欠如が、若手の将来への希望を奪っているのです。
若手が「この仕事を一生の仕事にしたい」と思うためには、まず高齢社員が正当に評価されている姿を見せることが欠かせません。高齢者の経験と貢献をきちんと認め、年齢にかかわらず評価される仕組みを整えなければ、どんなに若手育成を掲げても、次世代はその背中を追うことはありません。
■評価とフィードバックが組織の未来をつくる
高齢者の経験を活かすためには、明確な評価制度と適切なフィードバックが必要です。
これは心理学的にも裏づけられています。
ロバート・ジャスティスの研究では、評価の透明性が従業員の納得感とモチベーション維持に極めて大きな影響を与えることが示されています。評価の基準やプロセスが明確であれば、従業員は自らの努力がどのように認められているのかを理解でき、結果に対しても納得しやすくなります。これは、仕事に対する安心感と持続的な意欲の源泉となります。
一方で、評価基準が不明確な職場では、従業員は自分がどのような行動を取れば評価されるのか分からず、努力と結果の関係が見えなくなります。評価の背後にあるロジックが説明されないまま結果だけが通知されると、社員は「どうせ何をしても同じだ」という無力感を抱き始めます。この状態が続くと、やがてモチベーションは失われ、組織への信頼も崩壊していきます。
つまり、組織が従業員のモチベーションを維持・向上させるためには、単に成果を数値で評価するだけでなく、その過程や意図を丁寧に伝える「双方向の評価コミュニケーション」が欠かせません。
フィードバックと透明性の両輪がそろって初めて、社員は自分の成長を実感し、組織への信頼と貢献意欲を高めることができるのです。
■結論:高齢者を評価することが、若者の希望を守る
クマ駆除の現場でも、企業の職場でも、共通して言えることがあります。それは、「高齢者を正当に評価することが、若手の働く意欲を支える」ということです。
高齢者がその経験と知恵を活かせる環境が整っていれば、若者たちにとっても、それは一つの希望の象徴となります。「年齢を重ねても社会で価値を発揮し続けられる」という姿は、将来に対する前向きなビジョンを描く助けになります。
高齢社員の評価制度がないケースが人材不足を深刻化させ、地域や業界、企業の持続的発展を脅かす根本的な要因となっています。高齢者が培ってきたスキルや知識、現場経験を正当に評価せず、軽視することは、単に一部の従業員のモチベーション低下にとどまらず、組織全体の成長を阻む致命的なエラーとなりかねません。
もし、高齢者が自分の価値を感じながら役立ち続けられ、若者たちもその背中を見て学びながら成長できるような環境が整えば、どれほど強い組織力と社会的安定が築かれることでしょう。
反対に、評価が欠けている社会では、若者は「未来がない」と感じ、やがてそれが社会全体の衰退につながっていきます。高齢者を尊重し、経験を活かせる環境を作ることが、結局は若者たちにとっても、未来に希望を持つための原動力となるのです。
高齢者の存在とその貢献を正当に評価し、社会に還元することは、単なる人材管理の問題にとどまらず、未来を守るための最も確実な手段だといえます。

執筆講師

株式会社ロードサイド経営研究所代表取締役




