【アインシュテルング効果の罠】以前は慕われたリーダーが新しい職場で人手不足を招く理由【三上康一講師コラム】

【アインシュテルング効果の罠】リーダーが新しい職場で人手不足を招く理由
目次
執筆講師

株式会社ロードサイド経営研究所代表取締役
■“前の職場ではうまくいったのに…”というリーダーの苦悩
「前の職場ではみんなついてきてくれたのに、今度の職場では何をしてもうまくいかない。」
「同じように指導しているのに、なぜか反発されてしまう。」
転勤や異動、新しいチームの立ち上げなど、環境が変わるたびに、リーダーは新しい人間関係や文化の中で再び信頼を築いていく必要があります。しかし、以前と同じようにチームをまとめようとしても、なぜかうまくいかない──。
そんな戸惑いを感じた経験はありませんか?
かつては成果を上げ、部下から慕われ、上司にも評価されていた。
「自分のやり方は間違っていない」と信じている。
それなのに、新しい職場では空気が噛み合わず、部下の反応が冷たい。
いつの間にか相談も減り、報連相が途絶え、職場の雰囲気が重くなる。
やがて、意見を言ってくれる人ほど離れていき、残ったメンバーも指示待ちになり、活気が失われる。
気づけば、誰かが辞め、求人を出しても人が集まらず、人手不足に拍車がかかる──。
実は、こうした現象の根本には、リーダーやメンバー双方の中にある“心理的な構え”が影響しているケースがほとんどです。
その構えの正体こそが、アインシュテルング効果(Einstellung Effect)と呼ばれる、過去の成功体験や慣習に起因する思考の落とし穴です。
■アインシュテルング効果とは──“成功体験という構え”の罠
アインシュテルング効果とは、過去の成功体験や慣れ親しんだやり方に固執し、新しい状況に柔軟に対応できなくなる心理現象です。ドイツ語で「構え」「態度」を意味する Einstellung が語源で、過去の経験を通じて形成された“心の構え”が、無意識のうちに現在の判断や行動を縛ってしまうことを指します。
そしてこの効果は、リーダーだけでなく、現場のメンバーにも等しく起こるものです。
以前の職場で成果を上げたリーダーは、自分の“正解”を信じて行動します。
一方で、新しい職場のメンバーもまた、これまで築いてきた自分たちの“やり方”を正しいと信じています。
つまり、リーダーとメンバーの双方が「自分の正解」を手放せず、構えと構えがぶつかる――これが職場の混乱の本質なのです。
ここであるガソリンスタンド店長の事例をご紹介します。
■成功体験が“逆効果”になる瞬間──ある店長のケース
その店長は、自分が決めたマニュアルやルールを守らせるために、スタッフに厳しく接していました。ミスをすれば怒鳴りつけることもあり、スタッフの中には彼を恐れて辞めてしまう人もいました。
それでも、店舗の業績は伸びていました。数字という成果が出ていたため、彼は「これが正しいやり方だ」と確信していたのです。
そんな中、別のガソリンスタンドから店長として転職しないかという話が舞い込みました。
自信に満ちた彼はその話に応じ、新たな店舗へ赴任します。
赴任後、彼はさっそくマニュアルやルールを整備し、スタッフに「このやり方でやってもらう」と指示を出しました。しかし、この店舗のスタッフは、以前の職場とはまったく違いました。
前の店舗は、キャリアの浅いスタッフが多く、マニュアルやルールの徹底が機能していました。一方、新しい店舗のスタッフは勤続年数が長く、ベテランぞろい。自分たちなりのやり方やこだわりがありました。
彼らにとっても、「自分たちは今までのやり方でそれなりにやってきた」という思い込みがあり、これもまたアインシュテルング効果でした。
新しい店長の一方的な指示やマニュアル化に、スタッフたちは「自分たちのやり方を否定された」と感じ、強く反発しました。それでも店長はマニュアルやルールを整備し、実行させようとしました。
次第に職場の空気は悪化し、店長は孤立していきました。居心地の悪さに耐え切れなくなったスタッフは辞めていき、店舗は人手不足に陥ってしまいました。
最終的に店長は「自分のやり方は通用しない」と感じ、職場を去ることになります。
このケースの本質は、“どちらが悪い”ではありません。店長も、スタッフも、共に過去の成功体験という「構え」に縛られていたのです。
■“過去の正解”を手放せないと、人は離れていく
アインシュテルング効果の怖さは、「自分では柔軟に対応しているつもり」でも、無意識に過去の型に縛られてしまう点です。
たとえば、次のようなすれ違いが起こりがちです。
リーダーは「前の職場でうまくいったやり方」を押し通そうとする。メンバーは「これまでの方法を変えたくない」と抵抗する。
このぶつかり合いは、信頼関係を少しずつすり減らし、やがて職場の空気を重くします。
結果として「やる気のある人が辞める」「人が育たない」という悪循環に陥ってしまうのです。
ここで大切なのは、「わかり合う」とは必ずしも「同じ考えになること」ではなく、「違いを認め合うこと」である、という気づきです。これを踏まえたうえで、アインシュテルング効果を乗り越える具体的な方策を見ていきます。
■アインシュテルング効果を乗り越える3つの視点
① 自分の正解も相手の正解もいったん棚上げする
新しい職場で成果を上げるためには、まずどちらのやり方が正しいかを決める前に、相手の背景や価値観を理解することが不可欠です。
「なぜこのやり方を大事にしているのか?」を尋ね、共通の目的を見つけることで、衝突を協働の基盤に変えられます。
② “伝える”より“聴く”を優先する
リーダーが一方的に指示を出すだけでは、特に経験が豊かな部下は、反発や不満を抱きやすくなります。そのため、まずリーダー自身が部下の意見や現場の状況に耳を傾け、なぜそのやり方をしているのか、どんな課題を感じているのかを理解することが重要です。
この“傾聴の姿勢”こそ、リーダーが過去の固定観念や成功パターンに縛られず、柔軟に対応する第一歩となります。
③ 成功の“型”ではなく、“原理”を共有する
リーダーは、自分のやり方の背景にある考え方や意図を言語化します。
「なぜこの方法で成果が出たのか」を言葉にすることで、自分自身の成功体験を客観的に整理でき、過去の型に縛られずに対応するヒントが見えてきます。
このプロセスを通じて、職場の状況に最適化された新しい“正解”を見つけ出すことが可能になります。
■まとめ:人手不足は「人のせい」ではなく「構えのせい」
人手不足や離職の根本原因は、単なる採用難や人材の質だけではありません。
実際には、リーダーとメンバー双方の構え――過去の成功体験や慣れたやり方への固執――がぶつかり合うことで、人が離れていくケースが非常に多いのです。
多くの職場では、リーダーは「部下のやる気がない」「視野が狭い」と感じ、部下は「リーダーが理解してくれない」「やり方を押し付けられる」と思っています。このすれ違いは、個人の能力や意欲の問題ではなく、双方の無意識の構えが原因で起きているのです。
ここで大切なのは、部下のアインシュテルング効果を直そうと焦るのではなく、まずリーダー自身が自分のアインシュテルング効果に気づき、過去の成功体験に固執せず柔軟に対応することです。リーダーが変わると、部下も自然と変化を受け入れやすくなり、チーム全体の適応力や協働力が高まります。つまり、リーダーの意識の変化が、職場全体の雰囲気と成果を左右するのです。
過去の成功体験を手放すことは、決して敗北ではありません。むしろ、新しい時代や環境に適応し、チームを進化させるための必須ステップであり、リーダーの器の大きさが示されます。
人手不足を解消する第一歩は、制度や採用の改善ではなく、リーダーとメンバーがそれぞれの構えに気づき、互いの違いを認め合うことから始まります。
その先にこそ、職場の空気はポジティブに変わり、人は辞めず、育ち、力を発揮できる持続可能なチームが生まれます。そしてその職場こそが、単なる人材の確保ではなく、組織としての強さと成長を持続的に生み出す基盤となるのです。

執筆講師

株式会社ロードサイド経営研究所代表取締役




